東日本大震災から10年。
当時は新宿のホテルに配属されていました。勤務場所は地下でしたが、同僚が駐車場への扉を開けに走り、避難経路を確保している行動に驚かされました。自分は倒れてきそうな書庫を押さえるのに必死でした。
もう本震が来てるのにまた揺れが、さらに揺れが来たことに混乱したのを覚えています。
そのあとは、各システムが正常に稼働していることを確認。宴会や宿泊の担当者は鉄道が復旧するまで、館内の毛布をかき集めて宴会場を開放。
自分は翌日が早番だったため、無理に帰宅するのは諦めて会社に泊まることに。寝なきゃいけないのに、やはり被害が気になって、ずっとテレビを見ていました。正直、津波が怖いものだという意識はこの時までありませんでした。
自宅には食料の備蓄もあまりなく、帰宅時にはほとんど手に入りませんでした。改めて、「自助」の備えをしようと思います。